「おひとりさま時間」のすすめ
独立した女性を意味する「おひとりさま」という言葉が定着して久しいけれど、私はこの言葉が好きではありません。結婚できない独り身の女性という孤独感あふれるイメージがあります。でも、じっさいは生き生きと独りを謳歌している人もたくさんいます。私の周りには、むしろそんな独身女性のほうが多いくらい。
南仏の我が家のシャンブルドット(宿)にも、独りの女性が泊まりにいらっしゃいます。独身のかたもいらっしゃいますし、結婚して子育てを終えられた女性もいらっしゃいます。ずっとひとりの時間がもてなかったので勇気を振り絞ってひとりで来ました、というかたも少なくありません。
今回は一人旅の話をしましょう。
ひとりで欧州を旅するときに困るのは、レストランでの食事。とくにフランスの場合、美食を楽しみたければ2〜3時間は必須だし、まわりはカップルや家族のみで一人は完全に浮いてしまう。そもそも、この長い時間をおしゃべりなしで過ごすのは辛い。そのため、どうしても軽食に偏りがちで、食が充実しないというのが大きなマイナスポイントです。あとは、言葉ができない、スリに狙われるかも、トランジットはできるかしら……など心配はつきませんが、考えてもみてください。二人旅であっても解決しないことばかり。むしろ、ひとりの方が緊張感があり、準備や警戒を怠らず、失敗の確率は低いのではないかと思うくらいです。
では、プラス面は何かといえば、ひとりの気ままさを存分に謳歌できること。それに尽きます。自分が行きたいところへ行きたいときに。食べたいものを気兼ねなく、食べたくなければ抜けばいい。眠りたいときには遠慮なく、ときには半日ごろごろ宿で寝ていたっていいんですから。
もちろん、そういうことができる旅のお供がいれば、それはそれで最高。友達でも恋人でも、親でも。人生の中でそんな誰かがいる人は本当に幸運だと思うので、その人を大切にするべし!
でも、知らない国の知らない場所で、自分の直感をたよりに歩き、旅する楽しさはまた格別です。日常のなかで、そのような時間はなかなか持てません。ただ、慣れていないと不安ばかりが先走り、楽しめないのでは本末転倒。
うちにいらっしゃるおひとりのお客様は、一人旅初体験の初心者マークのかたが多いので、最初は私と一緒に町を歩いたり、カフェに入ったり、ダヴィッドの案内で車でしか行けないような場所に訪れたりします。
ひとり行動の最初の一歩は、町の散策と、パン屋さんやスーパーでのお買い物。2歩目はカフェでのティタイム。3歩目はブラッセリーでの食事。と、一歩一歩、レベルをあげていくのです。つまり、フランスの流儀に慣れていく。ときには私がミッションを出して、あのレストランを予約しておくから、グラスワインと定食を楽しんできて!なんてこともあったりします(具体的な目標物があると勇気って出るものだから)。そのひとつひとつをクリアするたびに、グループ旅行やツアーでは味わえない達成感や地元の人とのちょっとしたコミュニケーションを満喫して帰ってこられます。
フランスは、各自思いのままに生きている自由人ばかりなので、一人の女性を見て「一人ぼっちでかわいそう」なんて思う人は誰もいません。
大切なことをひとつ。
フランス人は意地悪で、英語で話しかけてもフランス語で返してくる、という話をよく聞きますが、それは意地悪なのではなく、英語が話せない、わからない人が日本と同じくらい多いだけなのです。それでもなんとか理解しようとするため、フランス語で返ってくるのです。若い世代はかなり話せるようになっているようですが、それでも北欧やオランダのように老若男女誰もが英語を流暢に話す国とはちょっと違います。でも、お互いに片言の英語で話ができるというのは、日本人にとっては気が楽、ですよね。「フランス語もできないのか」なんて思うようなフランス人は誰もいないと思ってください。むしろ、英語ができない自分を申し訳なく思う人の方が多いです。
それからもうひとつ、大切なことを。
フランスでは、挨拶がとても大事。パン屋に入る時も店員さんにボンジュール、スーパーのレジでもボンジュール、バスに乗る時も運転手さんにボンジュール。それを言わないと、ただの感じの悪い人に思われてしまいます。「お客様は神様」でもなんでもなく、つねに対等な立場なので、「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」はどんな場所でも言いすぎて損することはありません。付け加えると、英語のプリーズにあたる「シルヴプレ」はいつも口癖にすべきフレーズ。たとえばカフェでコーヒー一杯頼む時も、「アン カフェ」だけだと「コーヒー一杯!」となり、これはやっぱり日本でだって横柄な頼み方。ここは「アン カフェ シルヴプレ(コーヒーを一杯お願いします)と言いたいところです。シルヴプレが覚えにくければ「新聞くれ」をフランス語風にいうと通じます。コミュニケーションを円滑にするには、こんなちょっとした、相手を尊重する気持ちが世界どこにいても必要ですね。
私自身は団体行動が苦手なので、ツアー旅行は経験したことがありません。今でも、ひとりか、ダヴィッドとふたりで旅します。二人旅であっても、別行動をとることは珍しくありません。たとえばスペインへ行けば、私はフラメンコ鑑賞、彼はサッカー観戦、というように。また、夜、彼のほうが疲れて食事に出かけたくないときなどは、私だけひとりで食事にいき、彼のために何かを買って帰ってきたり、なんてこともあります。無理して合わせようとすると、疲れる、フラストレーションがたまる、結果、喧嘩になるなど、いいことはないので、単独行動を上手にとるのが私たちの旅の仕方です。もっともそれは旅に限らず、日々の生活でも同じなのですが。
日本では人に合わせるというのが人間関係において、とても重要なこと。でも、合わせてばかりいると、本当の自分は何がしたいのか、したくないのか、わからなくなってしまいますし、自分の頭で判断する癖がついていないと、流されてしまうかもしれません。そして、それが進むと、望んでいない人生の言い訳になってしまうでしょう。
人生を決められるのは自分だけ。「おひとりさま」という偏見に満ちた言葉など気にせず、日常生活のなかでもひとりで食事をしたり、カフェで本を読んだり映画を観たり、散歩したり、そして、ときにはひとりで旅に出たりと、ひとりの時間を大切にすると、自分を失うことなく、人生がより望ましい方向に向かうかも、なんてことを大げさでなく、本気で思います。それに、結婚していようが愛する恋人や子どもがいようが、人生、いつなんどき、一人ぼっちになるかもしれないのですから、つねに自立心を養っておいたほうがよいのです。そしてまた、男でも女でも、そういう人の方が魅力的であったりするものです。
追伸/できればせっかくのおひとりさま時間、SNSなどのつながりもカットして、全面的に「ひとり」を堪能されることをおすすめします。
Recette
今月のおうちごはんレシピ
地中海風タコのサラダ
<材料>4人分
ゆでだこ(我が家では生のタコをロリエやローズマリーと一緒に茹でるのですが、日本ではゆでダコが気軽に買えるのでそちらをご利用ください)300g
フェンネルかディル 30g
タマネギ 30g
ニンジン 30g
トマト 30g
キュウリ 30g
ライムまたはレモン汁 半個分
ライムまたはレモンの皮 少々(すりおろす)
オリーブオイル 大さじ6
塩、コショウ 少々
お好みでコリアンダー(パクチー)みじん切りや、乾燥プロヴァンスハーブミックスなどを適量
<作り方>
①タコは吸盤を取り、水の中で皮をとり(うまくとれなければそのままでも)、食べやすい大きさに小さく切る
②野菜はすべて1mm程度の小さな角切りにする
③すべての材料をボールの中でよく混ぜ合わせる
④1時間以上、冷蔵庫で冷やす
白ワインと一緒に、召し上がれ!
町田陽子 Yoko MACHIDA
南フランス在住
エディター。執筆
2017年1月に著書『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』(講談社)を刊行。
7月にガイドエッセイ『プロヴァンス(仮)』(イカロス出版)を刊行予定。
「南仏プロヴァンスの旅アラカルト」主宰
シャンブルドット「Villa Montrose」(ヴィラ・モンローズ/フランス版民宿)を営み、元料理人のダヴィッドが日本語で観光チャーターや料理教室、ターブルドットを担当しています。毎年3月開催の阪急うめだ本店「フランスフェア」をコーディネイト。
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